1、ダヴィンチの普及動向
術後9カ年検診で1年ぶりの放射線科の担当医との会話することができました。その中で、先日の学会(おそらく、日本泌尿器科学会総会)で得た情報として、ブラキセラピーを受ける患者数がかなり減少してきているとの話がありました。一方、前立腺癌治療で急速に普及しているのが、手術支援ロボットの「ダヴィンチ」(米国製)とのことでした。
私もダヴィンチについては以前から興味があったので、その普及状況を調べてみることに。インターネット上で日本ロボット外科学会が2014年1月末現在の手術件数を発表していました。
泌尿器科
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10,100
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産婦人科
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500
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消化器外科
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1.200
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呼吸器外科
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280
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心臓外科
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230
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頭頸部外科
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10
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泌尿器科の実績が突出していますが、これは12年度の診療報酬改定で前立腺癌への治療が公的保険の対象になり、高額医療費制度を利用すると、自己負担が10万円ほどで済むことになったためで、当然といえば当然です。
ちなみに、わが国での導入数は、この1〜2年で、40基から一挙に130以上の施設にダヴィンチが導入(日本ロボット外科学会調べ)されています。
しかし、それにしても想像を超える手術件数に言葉を失います。「ダヴィンチを必要とする患者がそんなにいるの?」、「医療側から強力な誘導がなければ、こんなにも?」等の疑念が膨らみます。
2、ダヴィンチ導入に思うこと
私などは、「ダヴィンチ」と聞けば、名古屋大病院で早期の胃癌手術を受けた患者が初歩的なミスで死亡した事故を思い出してしまいます。ロボット手術の問題が凝縮している事件と思われるので、11年6月の中日新聞の記事を転載します。
「昨年9月、名古屋大病院で内視鏡手術支援ロボット「ダヴィンチ」による胃がんの手術を受けた男性患者(76)が5日後に死亡した。同病院は、執刀医がロボットの操作を誤り、膵臓(すいぞう)を傷つけたことなどが原因と公表した。執刀医らは、内臓脂肪で患部が見えにくかったため6分間、ロボットのアーム先端の鉗子(かんし)で膵臓を押さえた結果、膵臓圧迫され損傷。手術後、裂けた膵臓から膵液が大量に漏れ、男性は多臓器不全で死亡した。同手術は4例目だったが、経験のある医師の立ち会いは1度も求めず、独自に手術を施行した経緯も問題。この事故の後、前立腺癌の手術を除き、ダヴィンチの使用を停止。再開のめども立っていない。院長は「ロボット手術導入のルールや事前チェックの制度がなく、管理体制に不備があった」と認めた(概要)」というものです。
実は、日本よりも10年早くダヴィンチが導入されている米国で、今年に入ってから、FDA(米食品医薬局)がロボットによる深刻な医療事故が急増していると発表して、警鐘を打ち鳴らしました。子宮摘出手術中にロボットが捜査できなくなった事例やロボットが邪魔になり緊急事態への対処ができなかった事故が特に多発しているとのことです。
そうした最中、競うようにダヴィンチを導入した日本の医療施設は、はたして前述の名古屋大病院長が認めた管理体制をクリアーできているのでしょうか。また、米国で社会問題化しているロボット医療事故を検証して、完璧な安全対策を構築しているのでしょうか。
5時間程度のオンライントレーニングとシステムトレーニング、それに他の施設見学だけで治療を初めているとの情報もありますし、欧米人の手の大きさにあわせて作ってあるので、日本人には操作しづらいなどの現場の声も聞えてくるのですが・・・。
しかも、技術面でのダヴィンチの最大の問題は、鉗子の感触を伝える機能を持たないことです。なので、鉗子で掴んでいるものが堅いのか柔らかいのか、どの程度の力で握る必要があるかは、かなりの経験を要する難しい作業と言われています。でも、日本では医師の慣れに任せられているのが現状です。
一方、「ダヴィンチ」を導入した施設のホームページでは、申し合せたように巨大な機器の映像と満面笑みの担当医の写真を付して、「安全で傷跡もほとんど残さず、回復が早い」、「術後に尿失禁など合併症の割合が少ない」、「完全に癌を除去できる」等、いいことづくしの宣伝文が踊っています。
そんなホームページを見るにつけて、2年前に線友ひろっぴー様が「手術ではなくブラキセラピーを選択すると告げたとたんに、担当医の態度が豹変してしまった。今も信頼関係が取り戻せない・・・」と掲示版に記していたことが思い出されます。
また、最近ダヴィンチによる手術を受けた仲間の報告では、担当医から「放射線治療は被爆による直腸炎をおこしやすく、術後のPSAの低下も遅い。実績データが少ないので評価できないし、再発時にはホルモン治療しかない」と説明されたとのことです。そして、「摘出手術に伴うリスクも、ロボット操作ができなくなる事故やロボットが邪魔で緊急事態に対応できない場合があるなどの説明は一切なかった。不安もあったが、再発に備えて放射線治療を残しておきたいので、ダヴィンチに同意した」とのことでした。
ブラキセラピーを受ける患者数が減少する一方で、前立腺癌治療で急速に普及している事情の一端が垣間見ることができる事例です。
私も、若くて健康な患者には、手術を第一に勧めることには全く異存ありませんが、ダヴィンチといえども摘出手術に変わりなく、その選択には年齢と一般健康状態を最優先すべきとの考えです。
それに、尿失禁、排尿障害、勃起不全の確率は、まぎれもなく放射線治療よりも高いはず(一部の医者がデメリットと認めていますが、データがないので推測で申し訳ありませんが)です。従来の摘出手術と比べて優位性をいくら羅列してもなんの説明にもなりません。
3、なぜ今、ダビンチなのか
もう一つ、ダヴィンチ最大のアキレス腱は機器自体が3億円を超えることです。
それに、保守ン件費用に年間約2,500万円もかかり、使用回数が10 回に限られる鉗子類は、1本40 万〜70 万円もするそうです。さらに、1回の手術で鉗子類の消毒その他で、約30〜40 万円は掛かるとか。それらの費用担を含めて減価償却をするとなると、経営的にはかなり大きな負担になります。
単純計算しても、手術費用を現在の50倍以上にしなければ採算が合わないはずですが・・・・。なぜ、ダヴィンチなのでしょう。
私の見解よりも、岐阜県総合医療センター がん医療センター國枝克行氏の手記「ダビンチへの想い」の一部(抜き書き)を紹介することにします。
「昨年4月以降、ダビンチSを所有する名古屋の大学病院にロボット手術の希望者が殺到しているとの情報を耳にすると、このままでは岐阜県の前立腺癌患者は、皆、愛知県に流出するのでは!と危機感を覚えた。果たしてダビンチの導入は病院にとってプラスになるのかマイナスになるのか?
財政的には前立腺全摘術の保険点数は95,000点であるため、年間60症例を10年続けてようやく採算が合うと試算された。幾度かの議論の末、前立腺全摘術症例数年間60例を目標にして、立腺癌患者の愛知県への流出を食い止める、Aがん医療に携わる医師やスタッフの診療意欲を引き上げる、B外科を目指す研修医が集まる病院にする、C先進的がん医療を推進する病院であることを地域にアピールするためにダビンチが必要だと全員一致で購入を決定した」とあります。ダビンチ所有病院の導入に至る経過は概ねこのようなものでしょう。
あえて、私論は避けますが、手記の中の名古屋の大学病院とは前述のダヴィンチによる胃がんの手術で初歩的な医療事故を起こしたあの名古屋大学病院と思われますが、1年前に隣県で起きたこの事故について氏は、一行も記載していません。
一方で、氏がダビンチ購入を前に、米国のジョンズホプキンスという病院を視察した折に、「ロボット手術は誰にメリットがあるのか」と尋ねると「患者でも、政府でもない。メリットは医師だけである」と返答されたと述べていますが、この文節だけがとても活き活きとしていて印象的でした。
4、結びに
手術支援ロボットのダヴィンチについて、思いつくまま記述しましたが、患者の視点に立つとどうしても、シビアになってしまいます。
でも、手術支援ロボットには大きなメリットや限りない可能性があることも事実です。特にダヴィンチは3次元の立体画像を見ることができるため、より正確に患部を捉えることができ、手ぶれを防ぎ、大きな動作で細かな操作ができるため、より微細な器官の剥離や縫合などの作業精度が期待できます。
またダヴィンチ手術は、体に小さな穴をあけて行うために、傷口が小さく、開腹手術に比べて出血量が少なく、手術後の疼痛の軽減や合併症リスクの回避、手術後の早期回復、入院期間の短縮を実現し得る可能性もあります。
世界ではロボット手術は着実に増加していています。米国では2005年には2万5000件だった手術事例は2012年には45万件にも達しており、もはやロボット手術は一般化されつつあります。すでに、婦人科の子宮摘出や消化器領域でも食道・胃・直腸などの臓器の手術も行われています。
日本でも、前述のように前立腺癌摘出術が保険適応となったことで、胃・直腸・子宮などへの保険適応も、政治力学も加わって、さらに加速することでしょう。
ダヴィンチ導入後、その維持費の捻出のために、「前立腺癌摘出術を年間に60症例、10年間ののノルマ」が医療現場に課せられるの流れは、もう止めることはできない流れだと思います。
私達はこうした流れの中だからこそ、自分の治療の選択にあたっては、医者が勧める治療法のメリットだけでなく、デメリットや副作用の説明も納得いくまで受けるべきです。当然、他の治療法の有無やその長所短所も合わせて説明を求めるべきでしょう。他の治療法もロボット手術同様に日進月歩しているはずですし、場合によっては待機療法も視野に入れることができるかもしれません。
ましてや質問に対して、嫌な顔をしたり、説明がなおざりな医者は直ちに拒否して、セカンドオピニオンなど他の医師の説明を求めるべきと思います。
日本の医療がどんな方向に向かおうとも「充分な説明とそれにもとづく同意」(インフォームド・コンセント)は医療の法理のはずです。 そして、私は「自分の命にかかわる治療は自分で決定する」ことは、自分自身への基本人権の尊守と思えてなりません。
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