近藤誠氏の「がんもどき」を考える

                              H25. 07.16

今年4月に出版された『余命3か月のウソ』と『がん治療で殺されない7つの秘訣』が、売れに売れているからでしょうか、著者の慶大放射線科近藤誠医師が頻繁に雑誌や週刊誌に登場しています。先日、北海道新聞の『訪問欄』にも登場して、「有名人が最新のがん治療を受けて、すぐ死んでしまう疑問は、私の本を読めばすっきりするでしょう」と語っていました。
 私は、実兄が60代半ばで血液の癌に侵され、抗癌剤の強烈な副作用に苦しんだ人生の最終章を目の当たりにしたこともあって、氏の書物については90年代の『がん治療「常識」のウソ』や『患者よ、がんと闘うな』をはじめ、ほとんどを読ませていただきました。
 過度な抗癌剤の使用・手術至上主義への警鐘やセカンドオピニオンの重要性・患者自身が治療を選択すべきことを、広く国民に浸透させた功績は、菊池寛賞を引き合いに出すまでもなく、本当に高く評価します。


 私自身、9年前に前立腺癌の不意打ちにあったとき、担当の医師が強く薦めてくれた全摘出手術をお断りして、別の病院で小線源法という放射線治療を受けたのも、少なからず氏の後押しがあったからと思います。
 但し、「癌には真性の癌と『がんもどき』があり、がんもどきは転移しないので放置しておいてもいい。一方、真性の癌は発見されたときすでに転移しているので手術は意味がない。」との主張には、当初から違和感を持っていました。
 「癌は本物か偽物か見分けが難しい」との説明だけて、持論を公表以来なんらの病理学的な検証をも行ってない(行う姿勢すらない)仮説のままにみ今日に至っています。ご自分では、20年以上にわたり150人もの無治療の癌患者を診てきたとは言っているようですが・・・。とにかく論拠が希薄です。都合の悪いデータは簡単に「例外もある」とされてきたのも気がかりでした。

特に癌患者の一人として今心配なのは、「抗癌剤の使いすぎと過度な治療で、患者は医者に殺されている」などの最近の際立った独断的な発信です。
 これまでも「運命論の押し売り」とか「患者の不安をあおるだけ」と、不快な思いを抱く癌患者の声何度か耳にしてきましたが、氏の言葉に翻弄されて、自分の主治医に強い不信感を持ったり、治療そのものを断念してしまう例がネット上などで報告されているからです。

 氏が主張するように、日本の抗癌剤治療は長い間、腫瘍の縮小・消失が目的で患者が耐えられる最大の投与が行われました。それによって前述の兄がそうだったように、日本の癌患者は深刻な副作用に悩まされ続けてきたのは事実です。
 しかし、現在の治療現場では、腫瘍の縮小・消失が目的ではなく、癌細胞の増殖抑制を主目的としています。つまり患者の体に負荷を掛けないようにゆっくりと、できるだけ少量の投与が工夫されているのです。同時に苦痛の緩和や心理面からの治療もはじまっています。こうした治療によって、副作用が減少しただけでなく、驚くほどの延命効果をあげています。
 今では「抗癌剤=副作用が恐ろしい」ではありません。本当に恐ろしいのは、有効な対策を受けないままに、本人や家族が治療を諦めてしまうことではないでしょうか。

 残念ながら未だ治療が難しい癌もありますが、世界中で日夜を問わず懸命な研究が続いています。そして、現にいくつもの画期的な治療法や夢の新薬の開発が進んでいます。

 永い歴史の中で、幾たびも「死の病」を克服してきた人類は、必ずや近い将来に癌にも打ち勝つはずです。諦めからは何も生まれませんし、一度きりの人生、戦わずに引き下がれません。戦うななどと、横からの口出しは無用です。だから私は仲間に呼びかけたいのです。「仲間よ、がんと闘おう」と・・・。


 そして、少し長くなりますが、「癌検診」についての私見を述べさせていただきます。
 私が体験した前立腺癌を例にしますと、食生活の欧米化と並行して、日本でもこの340年間に発生率、死亡率がともに急激に増え続けています。一方で、集団検診のPSA検査によって救われる命もまた確実に増えています。 
 
私は定年退職直前の職場検診で偶然に前立腺癌が見つかり、前述の放射線治療を受けました。今の穏やかな日々も、PSA検査による早期発見で得たものと考えています。
 この体験から、世の男性諸君にもっとPSA検査の存在を知ってもらいたと考えて、
「前立腺癌で死なないために、50歳過ぎたら年に一度のPSA検診を」と訴え続けています。なので、氏の「癌検診などは百害あって一利なし」はどうしても見過ごすことができません。


 PSA検査の効果に関する欧米からの報告は数えきれませんが、日本においても近年色々な研究が報告されています。
 一部の例を挙げると、山形大学での10年間にわたる調査で、検診によって前立腺癌で亡くなる可能性が60パーセント減少したことが公表されていますし、愛知県がんセンターからも、5年間の調査でPSA検診実施市町村とそうでない市町村の間で、実施市町村の全てで前立腺癌死亡率が下がった旨が報告されています。
 また、厚労省の研究班が、「集団検診による死亡率の減少が、前立腺癌では不明」PSA検診に疑問を投げた時、専門の立場から当時の国立がんセンター誉総長垣添忠生氏は、集団検診による前立腺癌の発見率は1000人当たり13人で、胃癌や子宮癌の1000人当たり1人と比べると驚異的な発見率であり、極めて有効と証言しています。

 こと前立腺癌については、早期発見が患者にとって最大の利益であることは、世界中で立証されていますし、PSA検診は安全かつ簡易な優れたマーカーであることに間違いありません
 そもそも集団検診の実績を死亡率の低下に求めること自体がおかしいのです。集団検診は、「学校・会社・工場・小地域などで、多人数を集めて行う健康診断で、主として結核、成人病、職業病の早期発見を目的にする」(広辞苑)ものであり、病期の早期発見による健康増進こそが基本理念です。「過度な治療の恐れがあるから、検診は無駄」、「検診で見つかる癌は誤診もある」などは、主客転倒も甚だしい論理のすり替えです


 氏が、多くの研究報告や客観的な事実に目を背けて、「米国内病院で検診の一割が誤診だったという記事がありました」(道新記事の中で)などを論拠に、これからも日本の癌検診を「百害あって一利なし」と主張し続けるのか、それともこれまで度々あったように、調べてみたら「例外的に無駄でない検診もある」などとおっしゃっていただけるか。お聞きしたいものです。
 

蛇足ですが、セカンドオピニオンは「今かかっている診療科でなくて、同じ大学の出身者でない方がよい」との氏の意見にはまったく同感です。付け加えるならは「あれもダメ、これも無駄」と自説を述べる医者でないほうが、よりよいと思います。
 患者のあらゆる可能性を模索して共に病に立ち向かってくれる医者が、セカンドオピニオンにはふさわしい医者のはずですから・・・。